耕さない「田んぼの学校」のすすめ 第2章 耕さない「田んぼの学校」が大切にしていること

田んぼの学校

第2章 耕さない「田んぼの学校」が大切にしていること

① 冬期湛水

 不耕起稲作は収穫を終えた秋から始まります。耕さずに水をはると、土の中の生き物が活動して、土が肥沃になります。そのため肥料のいらない田んぼになります。また、生物多様性の出発点でもあり、イネが野生化し農薬もいらなくなります。

イトミミズやアカムシは、土を食べて糞をします。この糞が、土を肥沃にします。写真は、稲の根元に群がるイトミミズです。
イトミミズ

 農薬がなく生物相が豊かな田んぼには、多くの渡り鳥がやって来ます。佐渡島では、トキを野生化するためのエサ場に、不耕起の田んぼが期待されています。

撮影:冬季湛水水田プロジェクト
撮影:佐渡朱鷺保護センター

 イネもまた生き物です。生物多様性を実現した田んぼでは、イネ自身も豊かに実ります。下の写真は、左から順に冬季湛水&不耕起栽培、不耕起栽培、観光栽培によるコシヒカリです。説明の必要がないほどその差ははっきりしています。注目して欲しいのは、土の違いです。矢印は、土のトロトロ層を示しています。不耕起栽培によってトロトロ層が発達しているのがよく分かります。耕さないからこそ土が豊かになることが、実感できると思います。土を柔らかく豊かにするのは機械ではなく、生き物なのです。

撮影:日本不耕起栽培普及会 鳥居 報恩
不耕起水田の生物多様性
 冬の間、田んぼを耕さず、代かきをしないと、土の中の微生物や種子、胞子、卵、幼虫などは、春になると成長を始めます。大きな生き物は、より小さな生き物を食べて生かされます。これを食物連鎖と言っています。色々な生き物が生かし合いをして成り立っているのが、生物多様性なのです。
人もこの恵みのおかげで生かされています。不耕起稲作は、この生き物の恵みの中で稲を野生化させ、農薬や肥料に頼らない農法なのです。
 「益虫」「害虫」の分類については、よく耳にしますが、田んぼの中には「ただの虫」もたくさんいます。「ただの虫」がいれば、「害虫」だけが繁殖することはなく、イネが被害を受けることもないのです。農薬によってすべての生き物を死滅させることが近代農業だとすれば、この間違いに早く気付くべきでしょう。

② 低温育苗

 農業が近代化して、田植え機などの高度な機械が開発されると、ビニールハウスの中でモヤシのように弱い苗を育てるように変わってしまいました。この稚苗は、病気にかかりやすく、農薬がないとうまく育ちません。

 ビニールハウスを使わずに強い稲を育てる方法があります。昔ながらの水苗代の方法を用いて、低い温度でゆっくり育った一人前の苗(成苗)に育てるのです。写真の左が保温苗代による稚苗、右が水苗代による成苗です、違いが一目瞭然です。

 自然の気候に合わせて育った稲の方が丈夫に決まっています。高度な近代的技術も、伝統的な知恵にはかなわないのです。

稚苗(左)と成苗(右)

③ 田植え

 代かきをして、下じきをしいたように平らで、草一本ない田んぼに、整然と苗が植えられている。そんな普通の田んぼの光景を、私たちは毎年見てきました。不耕起の田んぼでは、まだ冬草がかれずに残っています。こんな田んぼに苗を植えても、あまりきれいとは言えません。しかし、この不耕起の田んぼには、生き物が無数にいるのです。除草剤を使って草のない普通の田んぼとくらべてどちらが本当にきれいなのでしょう。

① 耕していない田んぼに苗を植えるために、専用の田植え機があります。苗を植える所だけに特殊なカッターが取り付けてあります。
②「本当に苗を植えているんですか。」と、聞きたくなりますね。「はい、本当に植えているんです。」
不耕起水田の根穴(ねあな)構造
耕さないかたい田んぼに苗を植えると、稲が根をはれないのではないかと、よく言われます。不耕起の田んぼでは、昨年、一昨年の根が土を耕しているのです。その根穴を通って酸素や栄養分が稲の根に届きます。不耕起を続けると、意外にも田んぼはどんどん柔らかくなります。 普通の田んぼでは、昨年のワラを土の中に入れてしまいます。代かきをして土の中に酸素が届かなくなると、ワラは土の中で腐ってメタンガスや硫化水素が発生します。田んぼを歩くと、ブクブクと音をたててこのガスがわいてきます。実は、このメタンガスや硫化水素は、二酸化炭素よりも地球を温暖化してしまいます。
みのる産業株式会社のHPより

④ 深水栽培

 イネには、水稲(すいとう)と陸稲(おかぼ)の2種類があります。私たちがよく知っている水稲は、水のある環境でのびのびと育っています。不耕起の田んぼでは、イネがよく育つように収穫まで深水を継続します。普通の田んぼでは、耕して土の中に入ったワラが腐ってメタンガスや硫化水素を出してしまいます。イネの根には有害なガスですから、水を入れずに乾かすのです。これを、中干しと言っています。この中干しの時期、不耕起の田んぼでは、サヤミドロなどの藻類が田んぼ一面をおおい、生き物たちのパラダイスとなります。収穫の時期を迎えると、不耕起の田んぼのイネは、茎が太く大きな穂を実らせます。穂が重く弓なりに垂れ下がりますが、茎が丈夫で倒れることはありません。まさにイネが野生化します。

中干しをしないのでサヤミドロが大繁殖
 地球がまだ氷河期だったころ、海は今より130mほど低く、気温は7℃ほど低かったと言われています。この頃、日本列島は大陸と地続きで、イネやメダカなど多くの生き物がやって来ました。この生き物たちには、北国出身と南国出身がいたのですが、稲作が始まってからは、田んぼを子育ての場所に選んだのです。北国出身の暑がりの生き物は田植えまでの田んぼで、南国出身の寒がりの生き物は田植えが終わってからの田んぼで、親が卵を産み大人になって田んぼから出て行ったのです。カエルにも大きく分けてこの2種類がいます。
 農業が近代化して、代かき・田植えの時期が早まったり、強い中干しをすることで、大人になる前の生き物の多くが死んでしまいます。

コメント