耕さない「田んぼの学校」のすすめ 第1章 耕さない「田んぼの学校」は環境教育

田んぼの学校

第1章 耕さない「田んぼの学校」は環境教育

 小学校5年生の社会科で、農業について扱われていますが、滋賀県がすすめる「田んぼの学校」は、学校現場では単なる農業体験学習として扱われているように感じています。本来「田んぼの学校」は、地域とのつながりを大切にした環境学習の一分野として行われるべきものなのです。

 近代農業と言われる現代の農業技術が失った大切なものを見つけ出し、どうしたら取り戻せるかを考えることが、不耕起稲作による耕さない「田んぼの学校」です。

1.はじめに-「田んぼの学校」とは

 田んぼ特に湿田は、多くの生き物にとって大切な生息場所(ビオトープ)です。ところがその田んぼは圃場整備によって乾田化され、生き物の生息場所ではなくなろうとしています。そのため、メダカやタガメのように、かつての田んぼでごく当たり前に生息していた生き物が、いまや絶減が危惧される生き物に指定されています。

 水田や灌漑水路から多くの生き物が姿を消すにつれ、農村環境は、子供たちの遊びの場ではなくなり、子ども達の遊びも形を変えてしまいました。ここで言う遊びとは、広い意味での遊びで、環境教育や伝統文化の教育を兼ねそなえてものです。その遊びが変化したことは、農村環境が教育機能を失いつつあることを意味しているのです。現在多方面で実践されている環境教育をみても、身近な環境から離れた場で行われるものが多いように思えます。

 生物相の貧しさは、農村環境を私たちの生活から離れたものにしてしまうかもしれません。

 1998年度、当時の国土庁、文部省、農林水産省は、三省庁合同調査「国土・環境保全に資する教育の効果を高めるためのモデル事業」を始めました。その中で農水省は「教育的機能を高める農業農村整備推進事業」を担当することになり、同省構造改善局整備課が、「教育的機能を高める農業農村整備研究会」(略称:「田んぼの学校」研究会)を設置しました。研究会は調査・検討ののち、1999年3月、「田んぼの学校」の基本的考え方として以下の6項目をまとめました。

  1. 環境教育の広がり(身近にある環境にふれる遊びと学びの場)
  2. 農業農村の有する多面的機能(豊かな自然、農の営み、食料の生産、農村特有の文化)
  3. 水田、水路、ため池、里山等を場とする「田んぼの学校」
  4. 都市と農村の交流
  5. 指導者としての人材の確保と養成
  6. 農業農村の有する多面的機能の利用(都市と農村の共生、人間と自然の共生)

 この考え方に沿って、「田んぼの学校」支援センターが農村環境整備センター内に設置され、そこでは開校の手引きやテキストの編集、指導者養成研修や「田んぼの学校」企画コンテストの開催などが精力的に進められてきました。「田んぼの学校」は全国各地で開催されるようになり、「メダカの学校」小田分校が取り組んだ「田んぼの学校」も、町づくり活動から始まり、都市と農村を結ぶエコミュージアム活動へと発展してきました。

2.町づくりから始まる「田んぼの学校」

 自治会組織の町づくりのメンバーが取り組んだのは、地元学では「あるもの探し」と言われるもので、親子自然観察会、寺社・祭り・地域行事の歴史調査などでした。「みんなが自分の町を愛し、楽しく暮らせればそれでいいのです。」というのが「メダカの学校」小田分校のスローガンです。まさしく地域に根付いた取り組みを展開してきたのです。

3.「田んぼの学校」からエコミュージアムヘ

 私たちは、「田んぼの学校」をエコミュージアムづくりの活動の一環として行っています。生き物の多様性を保全するためには、生き物達の生息環境を農村全体で保全することが必要です。農村の生き物達は、「百姓仕事」という人の管理によってできた環境で生きている種が多いのです。だから、農村環境でのビオトープの造成や復元は、人の社会との関係を大切にしながら進めることが大切なのです。

 「田んぼの学校」を通して、人と生き物が共存できることを学ぶと、その学習の場はエコミュージアムだということに気づきます。

(1)生物相を復元するためには、その生息環境としての農村環境の復元が必要

 「田んぼの学校」では、生き物のくらしと農村環境の関係を学びますが、その生き物の生息環境は農村環境そのものなのです。生き物の生息環境と、伝統的な農村環境とを復元していくと、エコミュージアムに発展していくのです。

 ①ビオトープ(点):森、林、水田、畑、川、ため池など

 ②ビオトープ(線):生き物はビオトープとビオトープの間を行き来する。

 ③ビオトープ(面):生き物が移動できる間隔でビオトープがある。

(2)稲作技術を復元するためには、農村環境の復元が必要

 「田んぼの学校」では、その地域における伝統的稲作技術と、それを支えた自然や文化を体験し学ぶことが必要である。

(3)集落を成り立たせている人々の関係(地域社会)の復元が必要

 「田んぼの学校」では、地域のお年寄りを指導者とする場面が多い。集落を成り立たせている人々の関係(地域社会)が、学習内容を豊かにする。「田んぼの学校」を学校教育の場だけではなく、生涯学習の場で行われてこそ、その効果を発揮する。

 地域社会を復元することによって、地域社会がまとまり、文化資産を守っていくことにつながるのです。

4.まとめ

 圃場整備された水田での慣行稲作による「田んぼの学校」は、ビオトープとは程遠く、農作業の体験しかできません。また、地域環境の問題として農業・農村を捉えることもできないのです。

 地域による「田んぼの学校」の支援は、単なる技術支援ではありません。北里小学校と「メダカの学校」小田分校が共に取り組んだ「田んぼの学校」は、この学区の地域環境の中で理想的な形で行われています。

 全国で多くの不耕起水田が生物多様性を実現していますが、圃場整備された環境の中でごく限られた場所に生き物が生息しているにすぎません。他のビオトープとのネットワークを復元すれば、新しい形で農村環境を取り戻せるのではないでしょうか。

 水田による負の生産物(栄養分の流出、有害ガス(メタンガスや硫化水素)の放出、残留農薬による食の危険性)、正の生産物(浄化能力、温暖化ガスの吸収、安全な食の保障)をきちんと見定めた上で、農業農村の多面的機能が議論されることを期待しています。また、農学や生態学、生物学、化学、物理学などがそれぞれの領域を越えて議論されるのを待たなければならないのかも知れません。

 耕さない「田んぼの学校」は、農村環境が失いつつある「人と人とのつながり」、「人と自然環境とのつながり」を大切に考えています。これは、環境教育の大きな目標でもあります。

*詳しくは、「田んぼの学校用語集」を参照してください。

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